Feb 06, 2011

意外に簡単に始めることができるFX

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 急性心筋梗塞(こうそく)で意識不明の重体に陥っていたサッカー元日本代表DFの松田直樹さんが4日午後1時6分、長野県松本市の信州大病院で死去した。34歳だった。JFL松本山雅所属の松田さんは2日、松本市内での練習中に倒れて心肺停止状態となり、人工心肺で血流を維持していた。2002年日韓W杯で初の16強入りに貢献。国際Aマッチ40試合出場の名手が、短すぎる人生を終えた。葬儀の日程は未定だが故郷の群馬県で予定され、母・正恵さんが喪主を務める。

 天国でのキックオフを待つ戦士の休息のようだった。すすり泣きが響く霊安室。病魔との約51時間に及ぶ苦闘を家族に見守られながら終えた松田さんは、優しい笑みを浮かべていた。「手術の時は闘っている顔。サッカーをまじめに貫いた息子が最後に良い笑顔を見せてくれた」。母・正恵さんは涙をこらえた。

 松本山雅のユニホームに身を包み、足にスパイク、額にはトレードマークの「3」のロゴ入りヘアバンド。足元には寄せ書きされた松本山雅と母校・前橋育英高のユニホームが置かれた。胸の上で結んだ両手は冷たかったが、鍛えられた太ももは固く引き締まり、今にも走り出しそうだった。遺体は夕方、生まれ故郷の群馬県へ向かった。

 「極めてまれなケース」と信州大病院の岡元和文医師が語った悲劇。松田さんは1月25日にメディカルチェックを受け、2月8日には運動負荷テストも行い、いずれも異常は見られなかった。しかし今月2日、15分間のランニング後に倒れ、50分後の病院到着時には心肺停止状態。あまりに大量の血栓が引き起こした急性心筋梗塞だった。人工心肺をつけ、集中治療室で一進一退の闘いに挑んだが、4日午後1時6分に最期を迎えた。

 病院には横浜M中村俊輔、横浜C三浦知良らが駆けつけた。過密日程にもかかわらず3日間で30人以上の選手が長野県まで長駆した理由は、松田さんの野性味あふれるカリスマ性にあった。

 99年のシドニー五輪予選で当時のトルシエ監督と衝突し、遠征先から無断帰国。「あの時だけは電話で『母ちゃん、ごめん』と言われた」と正恵さんは振り返る。だが、「松田はボランチで欲しい」と当時アーセナルのベンゲル監督に言わしめた能力と欧州的な反骨精神をトルシエ監督もちょう愛し、02年日韓W杯で主力に据えた。

 03、04年にJリーグを連覇した横浜Mでも「マツさんは本当に豪快すぎる」と俊輔が語る求心力を発揮。元日本代表FW久保竜彦、同MF奥大介氏ら個性派軍団をまとめ上げ、「あの時は松田マリノスだった」と主力が語る存在感を放った。DFながら、強烈な攻撃参加も魅力だった。

 「オレ、マジでサッカー好きなんですよ」16年間活躍した横浜Mから戦力外通告を受け、昨年12月4日の最終節、大宮戦後に行った号泣しながらのあいさつは、サポーターの心を打った。その言葉に偽りはない。松本市内の自室の壁には自ら記した「努力」の大きな文字がある。「ストレッチは絶対やる」という奮起させる言葉もあった。

 2度の五輪、W杯というひのき舞台を踏んだ大スターが、JFLという舞台に降りても向上心は不変。「まだやれる」3月6日の名古屋との練習試合で闘莉王が口にしたように、実力は色あせてはいなかった。希代のセンターバックが、惜しまれながら太く短い人生を駆け抜けた。

 ◆松本山雅悲痛「家族失った」
 松本山雅イレブンは涙に暮れた。午前の練習試合後に悲報を受けると、MF木島良輔(32)は「簡単に死ぬやつじゃないと信じていた」と涙。全員で霊安室でお別れをした。東京Vで強化部長などを務めていた加藤善之監督は「ライバルチームのいい選手だと思っていた。自分で誘った選手。自分の家族を失った気持ち」と目を腫らした。「Jリーグ昇格の約束は果たしたい」と大月社長は固く誓った。

 ◆7日ホーム戦予定通り開催
 松本山雅は7日にホームでSAGAWA・SHIGA・FC戦を控えるが、JFLの加藤桂三専務理事は「今できるのは全力で試合をやること。本人(松田さん)の遺志もそうだと思います」と、予定通り開催することを明言。次節は全会場で黙とう、喪章着用、半旗掲揚を実施する。Jリーグも同様に行うが、10日に韓国戦を控える日本協会だけが「現時点では未定」(関係者)と後手の対応に終始した。

 ◆心筋梗塞
 虚血性心疾患の1つ。心臓の筋肉(心筋)に酸素や栄養を送り続ける冠動脈が、動脈硬化など何らかの原因で詰まったことにより、心筋が壊(え)死した状態。一般的に高血圧、喫煙、高脂血症、糖尿病、肥満などが原因とされる。

 ◆松田 直樹(まつだ・なおき)1977年3月14日、群馬県生まれ。34歳。前橋育英高から95年に横浜M入団。96年アトランタ五輪、2000年シドニー五輪に出場。02年日韓W杯でも日本の守備を支え、ベスト16入りに貢献した。クラブでは3度のリーグ優勝を経験。昨オフ、横浜Mを戦力外となりJFLの松本山雅に移籍。J1通算385試合17得点。JFL通算15試合1得点。国際Aマッチは40試合1得点。183センチ、78キロ。

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Posted at 10:07 in Earthquake | WriteBacks (0) | Edit
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