Apr 04, 2010

がんの家系なので、がん保険には必ず入りなさいと母から言われました

私、家計はがん家系で祖父もアムヘトダ。がんは遺伝のために母は私のことを心配して結婚し、家族になれば、必ずがん保険に加入するように言われました。女性は、子宮頸がんと乳がんが最もかかりやすいと聞いています。 20代の頃は結婚もしていないので、人事のように思っていたが、結婚をして、30歳を目の前は、不安になってきました。主人と相談して、がん保険に加入しています。
あなたはがん保険に入っているのでしょうか?我が家はというか、夫が主ですが、がん保険を考えています。結局、うちの夫はヘビースモーカーなんですよ。また、確かにがんになりそうな予感がします。倒れない先の杖として、がん保険、大事ですよね必要ですね。でも、様々な多くて迷っているところです。どこに相談しますか。
 岩手県立大(岩手県滝沢村)の学生たちが、県内で滞在型のボランティア活動を展開している。災害ボランティアの考え方を基本に、現地に泊まって雪かきなど地域のニーズに応じる。不慣れな地域で住民らとのやりとりを通じ、学生に交渉や企画など総合的な実行力を身に付けてもらう狙いがある。

 今月10〜13日、県立大学生ボランティアセンターの「西和賀出張所」が県内有数の豪雪地帯・西和賀町沢内に開設。学生9人が集会所を拠点に自炊しながら泊まり込み、高齢者世帯の軒先を雪かきして回った。
 夜は鍋道具や食材を手に独居老人宅を訪問。鍋を囲み、会話を楽しんだ。藤原みよさん(76)は「足腰が痛くて玄関の雪かきで精いっぱい。難儀をかけて申し訳ないが、うれしい」と喜んだ。
 2008年に設置された学生ボランティアセンターは、イベント補助など地域の要望に応じて学生を派遣しているが、より広域的な活動と災害時の対応力強化を目指し、昨年、本格的に滞在型ボランティアに乗り出した。西和賀町のほか、岩手・宮城内陸地震で被災した一関市厳美町や久慈市に出向いた。
 活動で心掛けているのは、単なる支援ではなく、住民と信頼関係を築きながらニーズを見いだし、臨機応変に動くことだという。社会福祉学部1年の堀籠恵利さん(20)は「慣れない場所で会話を広げていくことで、コミュニケーション力が付く」と、手応えを語る。
 担当する山本克彦社会福祉学部准教授は「多様な地域が学生の豊かな学びの場になっている。県境越えも含め、活動を広げたい」と話している。

 秋田県にかほ市出身で日本人として初めて南極を探検した白瀬矗(のぶ)陸軍中尉(1861〜1946年)の功績を伝える白瀬南極探検隊記念館(同市)が、白瀬の妻やす(1872〜1951年)に関する情報を求めている。やすは仙台出身で結婚後もしばらく仙台で生活していたが、人柄や暮らしぶりを知る資料は皆無に近いという。ことしは南極大陸到達から100年目に当たり、記念館は「仙台時代にスポットを当て、あらためて南極探検を検証したい」と協力を呼び掛けている。

 記念館によると、やすは現在の仙台市青葉区二日町で海産物商を営む菅原長兵衛、たま夫妻の長女として生まれた。一人娘で、実家は残っていないという。白瀬が東京の陸軍教導団を卒業後、仙台鎮台(後の第2師団)に所属していた1887年に結婚し、4男3女をもうけた。
 白瀬と仙台は縁が深く、81年から11年余りは陸軍軍人として過ごし、予備役を経て99年から2年半は宮城県庁に勤務した。
 当時の白瀬は探検の準備でたびたび千島列島に赴くなど、夢の実現に奔走したらしい。留守を預かるやすは三味線を教えたり、裁縫をしたりして生計を立てていたという。
 白瀬隊は1910年、「開南丸」(204トン)で東京・芝浦から南極に向け出航した。12年1月、南緯80度5分に到達。一帯を「大和雪原(やまとゆきはら)」と命名し、標識を埋めて引き返した。南極観測の礎を築いた功績をたたえられ、昭和基地南の白瀬氷河や南極観測船「しらせ」にその名を残している。
 やすは南極出発を前に家族で上京。白瀬隊は帰国後に称賛を浴びたが、その陰で探検による膨大な借金の返済に追われる夫を支えたとされている。
 記念館は「仙台時代は不明な部分が多い。実家の従業員や近所の人の子孫で、当時の様子を知っている人がいたら、ぜひ連絡してほしい。節目の年に新たな白瀬像を浮かび上がらせたい」と話している。連絡先は記念館0184(38)3765。

 豪雪地帯の高齢者宅などで雪かきを行う仙台発のボランティアツアーの一行が19日、山形県朝日町立木地区を訪れ、1メートル以上ある軒下の雪と闘った。
 ツアーはJTB東北が社会貢献事業の一環として参加無料で実施。宮城県内各地から応募した10〜70代の男女40人が日帰りで現地入りした。
 地区入り口の町五百川温泉高齢者生産活動センターで歓迎行事があり、自治会長の古川征一さん(67)は「大雪は大変だが、作業を通じて、わたしたちの地域を理解してほしい」とあいさつ。スコップの持ち方や雪の切り出し方を実演した。
 一行は4班に分かれ、高齢者宅や地区の集会施設を訪問。屋根から落ちた雪をスコップで切り出し、邪魔にならない場所へ運んで積み上げた。
 東松島市の佐藤孝司さん(61)は「何か社会の役に立ちたいと思っていたところへ企画を知り、知人を誘って参加した」と満足そうだった。
 JTB東北によると、雪かきツアーは5年ぶりの豪雪となった今冬、急きょ温泉入浴や観光施設見学を組み合わせて企画。キャンセル待ちも出る人気となった。観光地の清掃活動などのボランティアツアーは20年以上の歴史があるという。

Posted at 03:27 in Economy | WriteBacks (0) | Edit
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